午後1時半。 なんとか昼間の空き時間をやり過ごしたオレは再度あのビルへと入った。 受付には例の女の子。 連れられるままに入っていき、部屋の一角に座った。 そこはたたみ一畳分くらいのスペース。 左右はパーティションで区切られている。 一つの机に向かい合うように椅子が置かれている。 そしてオレとその子が向かい合って座っているわけだ。 なんともなしに異様な雰囲気である。 さて、まずはTOEIC模試の結果報告。 555点 う〜ん、なるほど。 どうなんだろう。 まず前の受験者の回答を写した分の30点ほどは差し引いて考えよう。 そうするとほぼ半分程度の正解率だ。 だがもちろん選択式のテストなので適当に書いたら当たってたのもある。 実際に自分で正解を導けたのは2〜3割程度だろうな。 なるほどなるほど。 自分の立ち位置はわかった。 後は目標得点を決めてそこに至るプロセスを導き出す。 何をすればいいのか、なんとなくではあるが見えてきた。 ありがとう、これでやっていける。 オレはその女の子に感謝の気持ちを持ってそこを去るつもりでいた。 女:「せっかくお会いしたので少しお話できませんか。」 ああ、まあ少しくらい話は聞かなければな。 彼女も慈善事業ではないのだ。 どのような学校なのか、情報として持っておくのはいいことだ。 オレは話を聞くことにした。 すると、まず彼女は手元にあった分厚いファイルを開き始めた。 そして英語の必要性、将来性などから語り始めたのだ。 そ、そんなところから話し始めるのですか・・・。 しかもこれは・・・プレゼンですな。 今の仕事を始めてオレも知ることになった。 何らかの商品やアイデアを売り込むときの手段。 どうしてそれが必要なのか、それを使うとどんなメリットがあるか。 前置きや背景から語り始め起承転結をつけきっちりアピールする。 1、2時間コースじゃないの? オレが知りたいのはどんなサービスをいくらで提供しているか。 ただこの1点に尽きるのだ。 多分無理だろうなぁ、と思いながらも駄目もとでオレは聞いた。 オレ:「で、いくらなの?」 女:「早いですね〜。後できっちり説明しますから。」 ああ、やっぱり・・・。 オレはあきらめた。 覚悟を決めて半ば放心状態で彼女の説明を聞いていた。 彼女はそのまま話し続けた。 自分が宣伝する学校の長所を並べ立てていく。 女:「あのサッカー選手の中田さんとか・・・」 おいおい、個人名ですか。 女:「翻訳者の戸田奈津子さんもうちで勉強したんですよ〜。」 オレはかなり半信半疑で聞いていた。 実はオレの知人に高額商品の営業で会社を経営している奴がいる。 まあかなり怪しいが、言ってしまえば浄水器などを売ってるわけだ。 そいつから聞いている話によると。 大体30〜50万する浄水器の仕入れ値は5千円から1万円らしい。 そう、はっきり言って商品にそれだけの価値はない。 後は営業力で売るしかないのだ。 専門学校、エステ、宝石、健康系商品。 もちろん全部ではないがこれらの多くはこういった類の商売だ。 業界がそういう構造になっていて安く売ろうにも売れない事情があるらしい。 彼らの営業トークは強烈だ。 例えば健康系商品の場合。 「今のシャンプーは危険ですよ。 現代の女性が子供を生んだら羊水はシャンプーの匂いがするんです。」 などとよくわからない恐怖心をあおる。 これらの営業トークは先輩から後輩へ、尾ひれをつけながら受け継がれる。 実際は誰も悪気などなかったりするのだ。 先輩が言ってたから本当だろう、と思って喋ってる。 もちろん誰もそんな話の裏は取っていない。 事実関係を調べてみるとどれもこれも怪しいものだ。 だからオレはこの類のインパクトのある営業トークは信じない。 案の定、中田選手や戸田奈津子さんがその英会話学校に言ってた情報など見つからない。 これもまた伝言ゲームでできた創造の可能性が高い。 こんな営業トークを散々聞き続けたオレ。 話もようやく終わりに近づいてやっと気になるお値段の話になってきた。 ふむふむ、え〜と、そうですか。 60万ですか。 前払いですか。 ローンも組めるって?親切ですね〜。 え?ローン会社は子会社である別の会社ですって? じゃ、もし英会話学校が潰れても子会社へのローンは残るんですね? え?絶対潰れないから大丈夫って? でも経営者はそう思ってないみたいですよね〜。 だからわざわざ子会社へのローンにしてるわけですよね? もちろん全部は口に出してないがこんなようなやり取りがあった。 だがしかし、だ。 高いとは思うが外国人と英語で会話する機会など普段はないのだ。 そう考えるとまあ情報の一つとして検討してもいいだろう。 オレはそう前向きに考えた。 オレ:「わかりました。一度検討してみます。」 オレがその場をまとめようとしたとき。 彼女のとったリアクションはオレの想像を超えていた。 女:「どうして今決められないんですか?」 女:「今決めれない人はいつまでたっても始められないですよ。」 オレ:「え?いや、でも他の学校も見てみたいし・・・。」 女:「どの学校ですか?怪しいですねぇ。絶対にうちの方がいいですよ。」 うわぁ・・・・。 こういった商売の内情も知っているオレだから、まさか言いくるめられることもないだろう。 怒って席を立つのも大人げないし、まあなんとかやり過ごそう。 そう思ってとにかくやんわりとその場を去ろうとした。 だが彼女は引き下がらない。 ちょっと怒ったり、たまに笑顔も見せ、とにかく説得してくる。 こういうケースで危ないのは自分は大丈夫、という変な自信があるタイプ。 そう、オレみたいなタイプだ。 その心の油断が危ない。 なんとかそこを立ち去ったときにはやってもいいんじゃないかなんて思ってた。 ほんっと〜にお前はアホだ。 オレはすぐに60万の金を捻出しようと嫁に電話した。 なぜって? 今週は5万円割引のキャンペーン中でお得だからだ。 2日以内に60万用意した方がいいのだ(アホ)。 こんなタイプに必要なのは自分がアホだということを教えてくれる保護者である。 保護者の一言を最後にこの話は一瞬で終わりを迎えた。 妻:「60万なんて出せるか、アホ!」 続く... 今日の一言 ご指導ありがとうございました |