この日、オレは出張で富山県に来ていた。 これがオレの東京本社での最後の仕事だったのだ。 この仕事を終えたオレは一度東京に戻り、京都への引越しの準備に入る。 ここでオレは新たな試みを企てた。 前日は時間の都合で電車でここまで来たのだが。 富山には空港があるらしいのだ。 それまで空港なんて日本には3つくらいしかないと思っていた。 だが、何と富山には富山空港なるものがあるらしい。 幸い、飛行機代も経費で落とせることも確認できた。 いくしかない。 初めてのおつかいならぬ初めてのフライト。 生まれて初めて飛行機に乗ることを決意した。 空港に着いたオレ。 えっと・・。 とりあえず、何をしたらいいのかわかりません。 周りを見渡し、人が集まっているところに行ってみた。 なるほど、ここでチケットを買うわけか。 タッチパネルで質問に答えていくだけでチケットが買える。 こんなところでもシステム屋が活躍してるわけだ。 大丈夫かな、まだバグあるんじゃねぇの? 開発に携わっていたものとしてはついこんな発想になる。 さて、チケットは無事買えた。 土産も買ったし、あとは乗るだけ。 なんだ、全部想像通りだな。 特に問題はなさそうだ。 金属探知機のゲートをくぐり、飛行機に乗り込む。 まったくもって普通。 テレビで見たのと同じ。 飛行機の中も新幹線と同じような感じ。 ここに1時間ボーっと座るだけか。 なんかつまんないかも。 そうこうしてるうちに飛行機が離陸のために動き出した。 体感して初めて味わう雰囲気。 おいおい、なんかドキドキしてきたぞ。 やはりテレビで見るのと実際に経験するのは違う。 右隣のおばさんは新聞を読んでいる。 左隣の兄ちゃんは本を読んでいる。 なんかこいつら慣れてやがるな。 こなれた二人に挟まれてオレは一人緊張してきた。 そのうち、飛行機は直線の滑走に入りスピードを増した。 おいおい、飛ぶぞ。 どんどんスピードがあがる。 おい、飛ぶって。 オレは両隣を見渡す。 この期に及んでも2人は読み物にふけっている。 スピードはどこまでも上がっていく。 オレは辺りをキョロキョロ見渡した。 飛行機は今にも浮き上がらんとしているのだ。 おい、お前らちゃんと見とけ!! だって飛ぶんだ! 初めて飛ぶんだぞ! 今、飛ぶんだぞ! ぁ・・・! オレの体は硬直したまま、飛行機は空の旅にでた。 ・・・・・。 ・・・・ふぅ。 どうやらオレ一人が挙動不審だったようだ。 周りは全員冷静そのもの。 少しテンションを上げすぎたな。 落ち着け、落ち着け。 ちょっと大人げなかった。 冷静さを取り戻したかに見えたオレは少し考え事をはじめた。 だがやはり実際には本当の冷静とは程遠いものだったのだろう。 オレはなぜか飛行機が墜落するときの妄想を始めたのだ。 妄想の中。 激しく揺れる機体。 ざわつき始める乗客。 そんな中、飛行機がやがて墜落することをスチュワーデスが告げる。 もう乗客たちはパニック状態だ。 そんな中、オレは全てを悟ったように落ち着いてかばんを開ける。 そして買ったばかりのシステム手帳に遺書を書き始めるのだ。 今まで散々苦労をかけた嫁に伝えておかなければ。 まず・・・・。 あの引き出しは絶対に開けるな。 そのまま捨ててくれ、すまん。 そして順序が逆になったが、今までありがとう。 あまり恩返しはできなかったが許してくれ。 これからの人生、君の幸せを第一に考えること。 それがオレからの最後のお願いだ。 妄想上手なオレは完全に感情移入している。 それはホントに涙がにじんでくるほどのものだった。 いや、まて。 今泣くのはマズイ。 さっきまであれだけ辺りをキョロキョロと挙動不審だったオレ。 飛行機が初めてだということは回りにバレているかもしれない。 ここでオレが涙を流したりすると。 初めての飛行機が恐くて泣いてるサラリーマンだ。 それだけはいかん! いかんぞぉ〜! しかし、逆境に強いオレのこと。 その遺伝子はオレの涙にまで受け継がれていた。 止めよう、止めようとすればするほど負けるものかと溢れ出てくる。 いたしかたない。 オレはそっと涙を拭うのであった。 オレが初フライトであることがバレてないことを願いながら。 そしてオレは何気にコーラを頼んだ。 ソフトドリンクは飲み放題なのだ。 これを飲んで少し落ち着きを取り戻す作戦である。 しかし、コーラを受け取ったオレは新たな問題に直面する。 新幹線などでよく正面にあるテーブルがこの席にはないのだ。 正面にすぐ柱がある席に座っていたためだろう。 むぅ、しかし隣のおばさんはテーブルを出している。 なんか肘置きのところについているみたいだ。 オレは前かがみになって肘置きを覗き込んでみた。 ない。 色んなボタンを押してみたがどれも違うようだ。 そうか、多分この席にはないんだな。 しかしオレとしても引っ込みがつかない。 あるはずのないテーブルを散々探し回った照れ隠し。 そんなつもりでおばさんに話しかけたのだ。 「すいません。それどこにあるんですか?」 おばさんは微笑みながらオレの肘置きをパカッと開けた。 あ・・・・。 困惑したオレを他所におばさんは中からテーブルを引き出す。 さらにオレの目の前に設置して肘置きを閉めるまで。 全自動で世話してくれた。 「あ、ありがとうございます・・・。」 続く... 今日の一言 完全に初めてってバレたな |