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大東京単身赴任(第13部)

〜 初めてのフライト 〜



この日、オレは出張で富山県に来ていた。
これがオレの東京本社での最後の仕事だったのだ。
この仕事を終えたオレは一度東京に戻り、京都への引越しの準備に入る。

ここでオレは新たな試みを企てた。
前日は時間の都合で電車でここまで来たのだが。
富山には空港があるらしいのだ。
それまで空港なんて日本には3つくらいしかないと思っていた。
だが、何と富山には富山空港なるものがあるらしい。
幸い、飛行機代も経費で落とせることも確認できた。
いくしかない。
初めてのおつかいならぬ初めてのフライト。
生まれて初めて飛行機に乗ることを決意した。

空港に着いたオレ。
えっと・・。
とりあえず、何をしたらいいのかわかりません。
周りを見渡し、人が集まっているところに行ってみた。
なるほど、ここでチケットを買うわけか。
タッチパネルで質問に答えていくだけでチケットが買える。
こんなところでもシステム屋が活躍してるわけだ。
大丈夫かな、まだバグあるんじゃねぇの?
開発に携わっていたものとしてはついこんな発想になる。

さて、チケットは無事買えた。
土産も買ったし、あとは乗るだけ。
なんだ、全部想像通りだな。
特に問題はなさそうだ。
金属探知機のゲートをくぐり、飛行機に乗り込む。
まったくもって普通。
テレビで見たのと同じ。
飛行機の中も新幹線と同じような感じ。
ここに1時間ボーっと座るだけか。
なんかつまんないかも。

そうこうしてるうちに飛行機が離陸のために動き出した。
体感して初めて味わう雰囲気。
おいおい、なんかドキドキしてきたぞ。
やはりテレビで見るのと実際に経験するのは違う。
右隣のおばさんは新聞を読んでいる。
左隣の兄ちゃんは本を読んでいる。
なんかこいつら慣れてやがるな。
こなれた二人に挟まれてオレは一人緊張してきた。

そのうち、飛行機は直線の滑走に入りスピードを増した。
おいおい、飛ぶぞ。
どんどんスピードがあがる。
おい、飛ぶって。
オレは両隣を見渡す。
この期に及んでも2人は読み物にふけっている。
スピードはどこまでも上がっていく。
オレは辺りをキョロキョロ見渡した。
飛行機は今にも浮き上がらんとしているのだ。

おい、お前らちゃんと見とけ!!

だって飛ぶんだ!
初めて飛ぶんだぞ!
今、飛ぶんだぞ!

ぁ・・・!

オレの体は硬直したまま、飛行機は空の旅にでた。

・・・・・。
・・・・ふぅ。
どうやらオレ一人が挙動不審だったようだ。
周りは全員冷静そのもの。
少しテンションを上げすぎたな。
落ち着け、落ち着け。
ちょっと大人げなかった。
冷静さを取り戻したかに見えたオレは少し考え事をはじめた。
だがやはり実際には本当の冷静とは程遠いものだったのだろう。
オレはなぜか飛行機が墜落するときの妄想を始めたのだ。

妄想の中。
激しく揺れる機体。
ざわつき始める乗客。
そんな中、飛行機がやがて墜落することをスチュワーデスが告げる。
もう乗客たちはパニック状態だ。
そんな中、オレは全てを悟ったように落ち着いてかばんを開ける。
そして買ったばかりのシステム手帳に遺書を書き始めるのだ。
今まで散々苦労をかけた嫁に伝えておかなければ。
まず・・・・。


あの引き出しは絶対に開けるな。


そのまま捨ててくれ、すまん。
そして順序が逆になったが、今までありがとう。
あまり恩返しはできなかったが許してくれ。
これからの人生、君の幸せを第一に考えること。
それがオレからの最後のお願いだ。


妄想上手なオレは完全に感情移入している。
それはホントに涙がにじんでくるほどのものだった。

いや、まて。
今泣くのはマズイ。
さっきまであれだけ辺りをキョロキョロと挙動不審だったオレ。
飛行機が初めてだということは回りにバレているかもしれない。
ここでオレが涙を流したりすると。
初めての飛行機が恐くて泣いてるサラリーマンだ。

それだけはいかん!
いかんぞぉ〜!

しかし、逆境に強いオレのこと。
その遺伝子はオレの涙にまで受け継がれていた。
止めよう、止めようとすればするほど負けるものかと溢れ出てくる。
いたしかたない。
オレはそっと涙を拭うのであった。
オレが初フライトであることがバレてないことを願いながら。

そしてオレは何気にコーラを頼んだ。
ソフトドリンクは飲み放題なのだ。
これを飲んで少し落ち着きを取り戻す作戦である。
しかし、コーラを受け取ったオレは新たな問題に直面する。
新幹線などでよく正面にあるテーブルがこの席にはないのだ。
正面にすぐ柱がある席に座っていたためだろう。
むぅ、しかし隣のおばさんはテーブルを出している。
なんか肘置きのところについているみたいだ。
オレは前かがみになって肘置きを覗き込んでみた。
ない。
色んなボタンを押してみたがどれも違うようだ。
そうか、多分この席にはないんだな。
しかしオレとしても引っ込みがつかない。
あるはずのないテーブルを散々探し回った照れ隠し。
そんなつもりでおばさんに話しかけたのだ。

「すいません。それどこにあるんですか?」

おばさんは微笑みながらオレの肘置きをパカッと開けた。
あ・・・・。
困惑したオレを他所におばさんは中からテーブルを引き出す。
さらにオレの目の前に設置して肘置きを閉めるまで。
全自動で世話してくれた。

「あ、ありがとうございます・・・。」

続く...


今日の一言

完全に初めてってバレたな

夢の国
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