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起業準備

〜 名古屋式マッサージ 〜



ある月曜日。
オレは名古屋駅前のホテルにチェックインした。
今日の朝、京都から東京へ移動。
そして東京の仕事を終わらせてから、明日の仕事のために名古屋に移動したのだ。
そして明日、名古屋での仕事を終えたら今度は栃木県に移動する。
さらにその翌日、栃木で仕事を終わらせた後、少し東京に寄ってから京都に帰る。
このハードな遠征の最初の夜である。
正直に言うと気分は少しヘコんでいた。

もちろん酒を飲まずにはいられない。
オレは尿酸値を気にして、ビールではなく酎ハイを買い込んで飲み始めた。
ツマミもコンビニで買っている。
ホテルに泊まるときは決まってこんな晩飯だ。
近くにスーパーでもあれば、間違いなく刺身を買う。
そのためにMyしょう油、Myワサビまでカバンに入れてきているオレなのだ。
しかし、あいにく名古屋駅近くでスーパー見つけることができなかった。

チーズやナッツを主体とした晩酌が進む。
今週の多忙な移動スケジュールを思い浮かべ、酎ハイを飲み干す。
オレは以前、出張のある仕事にあこがれていた。
移動時間に自分の好きなことができるからだ。
今の仕事はオレがやりたい開発とは直接関係がない。
その分、移動時間を使って色んなことをやろうと思っていたのだ。

だが、現実は少し厳しかった。
新幹線の椅子ってじっと座っているとけっこうしんどいのだ。
PCで作業などしているとデリケートなオレは乗り物酔いしてしまう。
まして一日のうちに東京まで行って、そこからまた帰ってきたりすると余計にだ。
そしてその後にビジネスホテル。
ビジネスホテルは土足でそのまま入るので、家と違って地べたに座ることができない。
基本的には椅子かベッドの上で生活する。
そうするとまた椅子の上で過ごすことが多くなる。

ずっと新幹線の椅子に座ってまた、オレは椅子に座っている。
この疲れがけっこう体にたまってくるのだ。

「明日もまた新幹線とホテルか・・・憂鬱だ。」

暗い気分でベッドに体を投げ出す。
ふと、ベッド横の紙に目がいった。

マッサージ45分・・・4300円

ふーん、そんなに高くもないんだな。
オレは「あんま」とか「マッサージ」は少しばかり経験している。
子供の頃から肩こりがあったし、高校生の時にはたこ焼き屋のバイトで腰を痛めた。
その度にマッサージとか針治療などに通っていたのだ。
大体、その頃の相場で10分1000円だった。
そう考えると、まあ相応の値段だ。
これからのハードな移動スケジュールに備えるためにも、いいかもしれない。
ホテルでマッサージを呼ぶなんてことは初めてだが、チャレンジしてみようではないか。

オレはフロントに電話し、マッサージを頼んだ。
それから5分もたたないうちにチャイムが鳴る。
早いな、と思いながらドアを開けたら60歳くらいのおばさん登場。
おばあさんと言ってもいいかもしれない。
まあ予想の範疇だ。
大体マッサージ師というのはこのくらいの年代のおじさん、おばさんだ。
オレは特に驚くでもなく、先に金を払った。
マッサージしてもらいながら眠りにつきたかったのだ。
そう思って、終わったら勝手に帰ってもらうように伝えた。

おばさん:「はいはい。じゃあ暑いから窓開けるね。」

今は11月だ。
暑いわけなんて無い。
そりゃマッサージなんて重労働だから暑くもなるんだろうけど。

そりゃお前の都合だろ。

客であるオレは暑くもなんともない。
ていうか・・・・。


むしろ寒い。


こいつ、勝手に何してくれんだ・・・。
しかし、そこは気の弱いオレのこと。
そんなこと言えるはずもなく、言われるままにベッドに横になった。
おばさんは早速オレの体をもみほぐし始めた。

うん、まあ、腕は悪くない。
ちゃんと力も入ってるし、的確にツボを押してくる。
オレはいわゆる「キク」というくらいに痛いマッサージが好きだ。
このおばさんのマッサージは確かにキク。
たまにオレの口から「イテテテ・・・」という言葉が漏れてしまうほどだ。

さぁ、後はこのまま眠るだけ。
おばさんの世間話が少しうっとうしいけど、眠ってしまおう。
明日の朝、すっきりと目覚められそうだ。
と、そうは思うのだが、オレはどうしても眠れなかった。
なぜかって?

寒いんだ

おばさんはきっとマッサージで体があったまっていい感じなんだろう。
だけど、窓を開けたことで今や部屋の気温は完全に奪われてしまった。
恐らく外気温と同じくらいの温度にまで下がってしまっている。
もはやオレの体はブルブルと小刻みに震えているほどだ。

オレ:「おばちゃん、ちょっと寒いんだけど。」

あくまで気の弱いオレのこと。
ちょっと寒いとかいう温和な表現になってしまった。
だけど心の中では

「くそ寒いんだよ!」

と言いたい気持ちでいっぱいだったのだ。
おばさんは渋々と窓を閉める。
て言うかオレがガチガチ震えてたの気付けよ。
45分のマッサージのうち、20分程ガマンしたんだ。
残り25分で眠れなかったらマッサージ頼んだ意味がないだろう!?

オレは何とかマッサージに集中して、眠りにつこうとした。
窓をしめたことでさっきまで吹き込んでいた夜風も収まった。
これでようやく、ようやく眠れそうだ。
と、思ったところで、おばさんのマッサージはオレの足へと移行した。

オレは実は足を揉まれるのは、くすぐったいから苦手なのだ。
笑うのも悪いと思ったんで、少しガマンしていた。
時折、鼻から「ククッ・・・」という笑いが漏れるのを何とか押し殺していたのだ。
ああ・・・眠ろう眠ろうとして頼んだマッサージなのに。

いつからこんなガマン大会みたいになったんだ。

こうなったら何としてでもガマンして、おばさんが帰るときには意地でも眠っててやる。
オレは笑いをかみ殺しながら、あと20分、という風に眠りのカウントダウンを始めた。

その頃、おばさんのマッサージは次のステージに移行する。
ふくらはぎから太もも、さらにはその内側のキワドイところまで揉んでくる。
いや、そりゃ別にいいよ。
こんなセクハラ発言までセットじゃなきゃ。

おばさん:「あんまり奥まですると、お兄さん若いから興奮するでしょ。」

はぁ・・・・。
笑えばいいのか?
あまりにも陳腐なギャグセンスだ。
素直に笑うのも口惜しいが、ここは早くスルーして眠りにつくことを優先しよう。

オレ:「ハハ・・・」

オレは何とも無愛想な笑いを返した。
ああ、気まずいなあ。
またつまらないこと言ってこなけりゃいいけど。
するとそこに、未だに内太ももあたりのマッサージを続けるおばさんの発言。
微妙に真剣、微妙に小声でこう聞いてきた。


おばさん:「・・・・・興奮した?」


オレ:「(゚Д゚;)!!」


・・・・固まった。
オ、オプションサービスの・・・ご、ご案内?
オレはその後、一言も喋れなかった。
ただ漫然と残りのマッサージを受けるだけ。
眠りのカウントダウンはあっけなく0になった。

続く...


今日の一言

眠れるわけ無いだろ!

転職、再び
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