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眠らない街とオレ(後編)


店のマスター。
常連ぽい個人客。
若い2人組。
そしてそれを取り囲む多国籍軍の女性陣。
そこに入ってきたネギっぽいものを背負ったカモっぽいオレ。
それがこの店の全てであった。

ブラザーにまんまと騙された・・・。
あの野郎、憎めないキャラしやがって余計にタチ悪いぞ。
しかし、こんな状況であっても。
オレはやはりこう考えてしまうのだった。

フフ、これは来週のプロ道に掲載決定だな。

常連がいるということはそれほどまでに悪どいボッタクリではないと踏んだ。
オレは5千円分の戦果を持ち帰ることに専念しようと決めたのだ。
ただ、あの常連ぽいおっさん。
あいつが初めての店なのに浮かれてはしゃいでるお調子者だった場合はアウトかも。
そのときは死なばもろとも、だ。
オレは心の中でおっさんと暗黙の義兄弟の契りを結んだ。
死ぬときは一緒ですぜ。

などと考えていたら、オレのところにも女の子がやってきた。
アジアン、中国人か。
便宜上チュンと呼ぼう。
しかし、どうせなら今勉強してる英語で会話できるか試してみたかったな。
よし、ものは試し。
オレはチュンに英語が話せるか聞いてみることにした。
何せ日本人は世界まれに見る英語ヘタクソ人種なのだ。
他所の国では英語が喋れるということはさほど特別ではないのだろうから。

オレ:「君は英語話せるの?」

チュン:「エイゴ?・・・エイゴ、ワカラナーイ」


日本語があやしいやんけ!


オレはチュンとしばらく会話を試みた。
が、なんとか意思疎通ができるという程度の日本語力だ。
おいおい、どうすんだよ。
ちなみにブラザーは値段交渉には応じてくれなかったのだが。
実は時間は通常4、50分のところを70分にサービスしてくれてたのだ。

チュンと70分は無理です。

はぁ、どうしよっかな〜。
オレはぼんやりとしてチュンが話す当たり障りのない話にうなずいていた。
たどたどしい日本語。
たまに聞きなおさなければわからない単語もある。
そんな時だ、チュンが変化を見せた。
それまでとはうってかわって流暢な日本語のフレーズを披露した。
オレを思わずはっと我に返らせた一言。
それは。

チュン:「私もお酒もらっていいですか?」

とてもきれいなその発音。
チュンがそのフレーズを過去何度も使い込んできたことを物語る。
どうしよっかな〜。
さっきの店でも女の子に飲ませたら千円近く取られたしな〜。
オレは少し会話を引き伸ばしながら考えていた。
大体チュンに飲ませても面白くないよな〜、などと考えていたその時。

店内が妙にうるさくなってきた。
常連か?いや、違う。
常連は3人くらいの女の子に囲まれてカラオケを歌っている。
ウィーウィル・ロック・ユー、時代を感じさせますな。

ということはコッチだ。
若い2人組の客、こいつらがママと何か口論している。
言い合いをしている風景をぱっとみて大体察することができた。
そうか。
高いんだな、勘定が。
おい、常連。
いや、兄貴。
オレたちもヤバイぞ。
オレはまだマシかもしれない。
チュンに酒飲ませてねぇからな。
だけど兄貴。
兄貴を囲んでる女の子、全員酒飲んでんじゃねぇか・・・。

オレが自分と常連の心配をしている間も2人組とママの言い争いは続く。
どんどん音量をあげ、店内にその声が響き渡り始める。
兄貴は?・・・・・歌ってる・・・・。
周りは騒然としてきた。
2人組のところには数人の女の子が集まってきた。
黒人の男も外から入ってきた。
それでも収まらない。
ママと2人組はますますヒートアップする。
するとどういう話の経緯があったのか。
若い男がママを英語で罵り始めたのだ。
おぉ!?
ママも負けていない、英語で応戦し始めた。
こんなところで生の英語が聞けるとは。
しかし、オレも最近英語の勉強を始めた身。
2人ともそれほど上手くないことはすぐにわかった。
絶対会話もかみ合ってないはず。

そんな時、突然だった。
チュンがオレにやさしく話しかける。

チュン:「私がお酒飲んでも私お金もらえない。」
チュン:「あなたの気持ち。ネ?飲んでもいい?」


今それどころじゃねぇだろうが!!


おい兄貴、ここはヤバすぎる。
まだ粘るのか?・・・・って歌に集中しすぎだろ。
と、従業員の女の一人が未だにゴネる2人組に対してとうとう我慢の限界に達した。
ドスのきいた大声で2人組にわめき始めたのだ。

女:「なめてんじゃねぇぞ、ゴルゥァ!!!」

ぬぉっ!!
日本人いたんだ・・・ってそれどころじゃない。
しかも、その女はすぐに黒人男性に更衣室にしまわれた。
他の客に気を配ってのことなのだろう。
もう遅いけどな。

「ゴルゥア!!オルゥァア!!!!」

更衣室の中からもれる罵声。
今だ言い争いを続ける2人の片言バイリンガル。
歌い続ける兄貴。
酒をねだるチュン。

・・・駄目だ、もう限界だ。
プロ道のためにジャーナリズムを刺激されたオレであったがもう無理。
義兄弟の契りもなんのその。
兄貴を見捨てて撤退することに決めた。

チュンの予想を超える引止め工作もものともせず、オレは逃げるように店を出た。
70分といいながら30分もせずに出ることに。
幸いチュンにも酒を飲ませてないし延長もないので最初に払った5千円で出れた。
なんだ、けっこう良心的じゃないの。
などと感じてしまったオレは明らかに感覚をマヒさせられている。

店の外にでるとオレをここに送り込んだ張本人「ブラザー」はもういない。
あの野郎・・・。
と、全く別の黒人男性がこっちに寄ってくるではないか。

黒人:「ブラザー!!」


オレは部屋に戻って寝た。


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